あっちがわとこっちがわ
いつからか、眠くなるような映画を好むようになっていた。
ただ、時間だけがゆっくり流れていく。
スクリーンに映る、平凡な朝食はとくべつ美味しそうで、
衝動的に台所に立ち、丁寧に目玉焼きを焼いてみたりしたものだ。
いつもあっちがわに行きたいと思っていた。
喫茶店が好きで、コーヒーはあまり飲めないけれど
喫茶店そのものがすきだった。
自分が、カウンターの中でラテを作っていることを想像するだけでもしあわせだった、そんな気がしている。
それなのに今、あっちがわは気づかぬうちにこっちがわになっていた。
チェーン店ではあるが、いちおう喫茶店。
制服を着て、名札を付けて、できる限りのスピードでアイスコーヒーを提供する。
確かに、あっちがわだったはずなのに、
たどり着いたことに、大きなうれしさもなく、
今ではシフト表を見るだけで、ふうと息がこぼれる。
楽しくないわけではない。
店長はふざけているが、ちゃんとしている人だし
チーフだって、私を見捨てず、なんとか育ててくれている。
それなのに。
ここは、私の来たかったあっちがわじゃない。
そう、コーヒー豆を挽きながら思ってしまった。
ゆめはゆめ。かなう、かなわないじゃない。
ずっとゆめなんだね。
あっちがわにたどり着いたと思ったら、たちまちこっちがわになってしまう。
その背中には、永遠に触れらえないんだろうな。
そうやって、私の暮らしもあたりまえになっていくんだろう。
ほしいものが手に入ると、突然すがたが変わっていくのを、見たことはありますか。
心奪われた、藍染めのコインケースは、
だいたいいつも、引きだしのなか。